梅毒を追え(3)

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その3:犯人はいまも現場にいるのか?

◆やっと本題です!ややこしい梅毒の抗体検査の判定法をなんとか噛み砕いていきます。
まずは大雑把なポイントから。


【ポイント】
梅毒既往のない(=かかったことのない)人で、2種類の抗体(TP抗体と非TP抗体)が両方陽性になった →最近梅毒に感染した可能性が高い
ほかのパターンはバリエーションです。


なぜ2つの抗体を見るかというと、1つだけだと確実ではないからです。
理由は前回触れたようにタイムラグがあるからです。

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繰り返しですが、TP=トレポネーマ・パリダム(梅毒菌の学名)です。


もうひとつのポイントそれぞれの抗体の検査法はそれぞれ複数ある!
これをしっかり意識しないと迷子になります。
TP抗体の検査法TPLA法TPHA法
非TP抗体の検査法RPR法など


いくつかあるうちのひとつの検査法の名前に過ぎないRPRという名称が出世しすぎてしまい、まるでRPRという名前の抗体があるように錯覚しやすいです。これが理解をややこしくしています。

※ただ、患者さんへの説明の際は、その方がわかりやすいため、TPとRPRがどうこうと、まるでそれらが抗体の名前であるかのように説明してしまっています。

梅毒の検査法は名前が難しい!とにかくネーミングが最大の壁!

ググってみたものの理解を諦めた方も多いのではないでしょうか。

まず、検査法がアルファベットの略称ばかりで非常にわかりにくいです。
TPLA法、STS法、RPR法などなど・・・。
ですが、実は日本語に訳したとしても余計意味不明です。(特にSTSやRPR)

だって、検査法の名前ですから。
ガラスの上で凝集するとか、ラテックス上(TPLAのL : latex )で凝集(TPLAのA : aggulutinetion)、とか患者さんにとってはどうでもよいのです。
臨床医にとってもちょっとどうでもいいかもしれない(汗)。

※しかも、検査法にも商品名があり、ネーミングにも検査会社の特許などが絡んでいるようで、さらにわかりにくくなってしまっています(後述

まずは最初のハードル:昔ながらの呼称に慣れる

なまじっか梅毒は歴史が古いだけに、昔からの呼び方がいろいろ残ってしまっています。
たとえば、症状だと、硬性下疳(こうせいげかん)とか無痛性横痃(むつうせいおうげん)とか、伝奇系漫画にでも出てきそうですよね。

そして、検査法の名前もまぎらわしいです。
・TP抗原検査
・非TP抗原検査

昔から習慣的に「抗検査」と呼ばれていますが、抗原をえさに抗体を検出する検査です。
抗原(梅毒トレポネーマの一部)を検出するわけではありません。
これは抗体検査と呼んだ方がわかりやすいし、実際そう呼ばれることも増えています。

よって、
『トレポネーマ抗検査=トレポネーマ抗検査』
と考えてください。

【2つの抗体検査を少し詳しく説明します】

TP(トレポネーマ)抗体検査法:梅毒トレポネーマの一部(抗原)にくっつくTP抗体の検出
検査法はTPLA法だけ知っておけばいい気もしますが、 ひと世代前のTPHA法もまだまだ現役のようでたまに見かけます。

また、ちょっと違った系統のCLEIA法などの検査法を採用している病院もあります。
感染すると一生陽性となるので、「(今を含めた)過去の感染」(=既感染)の証拠となります。


非TP(トレポネーマ)抗体検査法:STS法(梅毒血清反応、または脂質抗原試験)※下表参照
「梅毒トレポネーマのかけら(脂質)や破壊された感染細胞のかけら(脂質)」に対する抗体。

ざっくりイメージをいうと、
「細胞がどれだけ破壊されているか=、梅毒がどの程度勢いがあるか」を反映。
※人間の細胞膜や細菌の内膜の主成分が脂質です。なので、梅毒以外でも陽性になることがあります。
※日本ではRPR法が主ですが、VDRL法という検査法もたまに見かけます。
似たようなものと思っていただいていいかと思います。


※TP法、RPR法ともに、別の原因(ほかの感染症、妊娠、加齢、炎症、膠原病など)でも陽性になることがあります。
つまり、偽陽性がありうるということですが、RPR法の方が偽陽性になりやすいです。

ただ、偽陽性の際は数値が低値であることが多いです。

とはいえ、感染初期も低値なことがあるので、感染初期と偽陽性の区別は難しいことがあります。
その場合は、1ヶ月後の再検査で変化を見て判断するしかありません。
(本当に梅毒感染であれば、TP抗体も非TP抗体も急激に増加します)

【ポイント】

これだけ知っておけば役に立つ検査法名 ⇐ポイント:抗体の名前ではなく検査法の名前
・TP抗体法:TPHA法TPLA法の2つ
・非TP抗体法:RPR法


それぞれ、人の目で測定(倍数希釈法)するか機械で測定(自動化法)するかの違いは知っておいた方がベターです(下表)。
この2つは単位で見分けられます。
では解説していきます。


【ポイント】倍数希釈法自動化法

 主なもののみ

検査法の総称
検査法の種類
TP抗体法
TPHA
(TP凝集法)
◇TPHA
 →倍数希釈法のみ

◇TPPA
 →両方ある

◇TPLA
 →自動化法のみ

非TP抗体法
STS
(梅毒血清反応)
◇RPR 
→両方ある


倍数希釈法:人の手で薄めていって、「何倍まで薄めたら凝集(抗原と抗体がくっついて、ダマができること)できなくなるか」を目視で確認するという検査法です。

薄めても抗原とくっついて無力化できるものが力価も強いというわけです。
倍数希釈法であれば、2倍ずつ薄めていくので、必ず2の○乗の数字となります。
2倍,4倍,8倍,16倍,32倍・・・単位は「〜倍」

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自動化法:機械で測定しています。数値は連続的。こちらが標準的になりつつあります。
単位はメーカーで違うことがあります。

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【参考】定検査(陽性か陰性かのみの検査)と定検査(数値を測定する検査)
数値の出る定量法でないと、経過を追えない(治癒判定ができない)ため、治療を前提にすると基本的には定性法は実施する意味はあまりありません
ただ、梅毒の陽性率の低い施設ではコストの小さい検査の方が合理的でしょう。

それに、その後のフォローを、梅毒治療を専門にしている医療機関などに任せるのであれば、定性検査の方がやはり合理的ともいえます。

というのも、治癒判定のためには「同じ検査会社の同じ検査法」で非TP抗体(≒RPR)を定期的にフォローする必要があるので、結局、紹介いただいたあとに再度検査をして初期値を得ることが必要だからです。

初期値は治癒判定に絶対必要なので、内服開始前に測定します。
たとえば、アメリカの治療ガイドラインでは、RPRが初期値の1/4以下になったら「治癒」とします。
つまり、RPRの初期値がないと治癒判定ができないのです。

※ちなみに約20分で結果の出る即日検査はTP抗体の定検査です。
すぐに結果が出るので役に立ちますが、TP抗体の検査なので過去の感染しか証明できません。

ですが、既往がなければ(初めて即日検査陽性になったのであれば)、新規の感染の可能性が高くなります
即日検査が陽性の際には、TP抗体と非TP抗体(RPR法などで)の定検査も追加で実施が必要となります。

【参考】その他ややこしい点
・TP抗体法であるTPHAは、TPHA、TPPA、TPLAの総称でもあります。

参考:CRCグループ>


・TPPA、TPHA、TPLAの3つはただでさえ名前もややこしいですが、なんとTPPAの商品名がTPHAのこともあります。(クイズ参照
ですが、単位だけ注意して、自動化法なのか倍数希釈法なのかだけ判断できれば問題はないと思います。

・TPLAは自動化法のみですが、検査会社によって単位が違います
そのため、同じ検査会社の検査で経過を追わないといけないのです。
ただし、大事なのは値の変化なので、どこのメーカーでも問題はありません。

・非トレポネーマ抗体法では、STS法と総称される検査法がいくつかありますが、日本では基本的にRPRだけ知っていればだいたい大丈夫かと思います。
こちらは倍数希釈法と自動化法がありますが、これも単位で見分けられます。
「〜倍」が倍数希釈法でしたね。



クイズ商品名を見て検査法を当ててください。

①「TPHA(PA)」←TPHAなのかTPPAなのかどちらでしょう?
②「TP抗体法(LA)」←どうしてTPLA法と書かないのでしょうか?

クイズの答え 

①答え:TPPA
商品名が「TPHA(PA)」となっていることがあります。
最初はTPHA法だったそうですが、実際の検査法がTPPAにアップデートされたにもかかわらず、商品名としてはTPHAを名乗り続けているというのが裏事情だそうです。
現場が混乱しないようにとの気遣いはありがたいのですが、さらにTPLA法が出てきてちょっとややこしくなった感があります。
ただ、TPHAは総称でもあるので間違ってはいないのでしょう。

②答え:TPLA
検査会社によっては、TPLAが「TP抗体法(LA)」と書かれているので注意です。どうやら、最初にTPLAを開発した会社が「TPLA」という名称を商標登録しているようで、他メーカーは別の表記にせざるを得ないようです。
もっともLAだけでも「ラテックス凝集法(ラテックスの上で抗原と抗体をくっつける)」という意味になるので、「RPR(LA)」という商品名も存在します。


【いよいよ診断】

では、ここから具体的にTP抗体と非TP抗体をどう組み合わせて診断していくのかを説明していきます。

一般的にRPRが左、TPが右の表が作られていることが多いですが、TPベースで考えたほうがわかりやすい気がするのでこちらを採用してみました。
じっくり考えてみてください。

大原則:
TPLA(自動化法)はRPRが陽性化する前に先に陽性化することが多い(3〜4週間くらい)

TP抗体法
TPLA
非TP抗体法
RPR
主な解釈
(+)既感染
(+)今でしょ! 梅毒に感染中・治療後しばらくの期間
(+)既感染 (−)今ではない?
or
まだ早い?
既感染(過去の感染)・感染初期
(−) (+) ?? RPR偽陽性(生物学的偽陽性)・感染初期
(−) (−) 梅毒ではない・感染直後

TPLAはどう進化したのか 〜モデルチェンジなみの変化?

初期のTP抗体検査であるTPHA法ではIgGのみを捉えていましたが、TPLA法では、より早く作られるIgMも捉えています。
その結果、より早く検査で捕まえることが可能になりました。

先代のTPHA法ではRPR法が先に陽性化することが多かったのですが(下グラフ)、TPLA法ではRPR法よりも早く陽性になることが多くなりました。
その結果、検査結果の解釈も少し変化がありましたので、変化前後の表を参照ください。

※TPLA法が開発され、感染から3,4週間経過していれば検査で陽性になるようになっています。
とはいえ、けっこう長いです。
抗体検査は、感染してから検査可能になるまでに時間がかかるのが悩みどころです。

参考:TPHAの場合の抗体の増減を表すグラフ

※TP抗体も何年もかけて陰性になることがまれにあります。

出典:日本赤十字社 松山赤十字病院>



TPHA(倍数希釈法):RPRが先に陽性化することが多い

TP抗体法
TPHA
STS(脂質抗体法)
RPR
主な解釈
(+)既感染 (+)今でしょ! 梅毒に感染中・または治療後しばらくの期間
(+)既感染 (−)今ではない? 過去の感染・TP偽陽性(まれ)
(−)まだ早い? (+)今でしょ! 感染初期・RPR偽陽性(生物学的偽陽性)
(−) (−) 梅毒ではない・感染直後

ポイント

主な変更点は赤字の感染初期の場所だけです。 TPが先に陽性になることが多くなったことからの変更です。


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「梅毒既往あり」の場合はどうするの?

TPとRPR、2つを組み合わせて診断するわけですが、梅毒の既往がある場合はどうなるでしょうか。
既往があるとTPはほぼ必ず陽性となるので、RPRのみで判断をしなければなりません。

RPRが陽性でも、まだ下がっている途中で、実は梅毒の菌はもういない可能性があります。
こういう場合は、1ヶ月後に再検査して、減少傾向ならおそらく菌はいないと考えます。

一方、1ヶ月後に再検査したらRPRが一気に増えているかもしれません。
そのときは、梅毒の再感染などを意味します。
(その際、TPもだいたい急増します)



ポイント

梅毒既往ありの場合は、1ヶ月後に再検査して変化を見ないと判断できないことが多い。


RPRは梅毒トレポネーマがいなくなっても、長期間(ふつうは数ヶ月)は陽性の可能性がある!

さきほどタイムラグのお話をしましたが、治療するとまず梅毒の菌がいなくなります。
その後、数ヶ月かけてRPRがゆっくり減少していきます。(RPR陽性ですが、菌はいない状態

しかし、RPRの減少速度はケースバイケースです。
早ければ治療後1,2回目の検査で陰性になることもありますし、半年後にも陰性化しきらないこともあります。
そして、再感染すれば当然、再度RPRが急上昇してきます。

だから治癒判定の際に、初期値の1/4(アメリカ、日本:倍数希釈法)1/2(日本:自動化法)という数字が出てくるわけです。
統計的に、非TP抗体(RPR)がそこまで低下していれば、梅毒トレポネーマがいなくなっているといえるのです。

※このことは心理的に理解しがたい方もいらっしゃるようです。
治療後1回目のRPR検査でRPRが陰性になっていないと、事前に説明していてもさらに抗生剤を飲みたいと相談される方はいらっしゃいます。お気持ちはわかります。


【まとめ】
2010年くらいまでは年に500例くらいしか発症報告のない希少疾患だった梅毒。
そのため、梅毒の診療をしたことのない医師もまだまだいます。

実際、RPRが完全に陰性になることを目指して何ヶ月も抗生剤を処方され続けている方から相談されたこともあります。
希少疾患だったため、梅毒の治癒判定を知らない医師も多かったのです。


ポイント

RPRは必ずしも陰性にする必要はない。


今回お伝えしたように、梅毒の検査法は梅毒スピロヘータを直接見ているわけではないので、2つの抗体を見て間接的に現在の梅毒スピロヘータの感染状況を推理しなければいけないのです。

残された証拠を見て、犯人はあいつなのか、まだ現場に潜んでいるのか、もう駆逐できたのか、を判断しなくてはなりません。

医療機関が、再興感染症である梅毒に対してもう少し経験値をゲットするまでは、皆さんも自分を守るためにある程度知識を持っておいたほうが無難だと思われます。
参考にしていただけたら幸いです。


梅毒を追え(1) > 梅毒を追え(2)> 梅毒について詳しくはこちら>

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